曇り空の朝には。

総合音楽家の日記です。

"もはや既存のモノを組み合わせることでしか新しい音楽は生まれない"とかいう論調について

タイトル長ッ!!そんな長いタイトルに対して、

いや、割と昔からそうですけど!?と叫ぶ内容。

 

悲観論か、穿った評論なのか知らないが、この論調ってずっとあるよね。

これは実際その通りではあるわけで。

でもこれを言うことで、音楽を分かってる感出すのも違うだろって。

そんなことを最近強く思うし、自分の考えをまとめてみようと思う。

 

人類の歴史

はっきり言って、そんなの昔からそうじゃんって。

人間は過去現在見たもの、聴いたものに影響されるし、過去、既存のモノから学び、そして自分で何かを作る。それが人間の創作の歴史なんですわ。

 

そして、まったくのゼロから何かを生み出すのは、天才の中ですら極一部だと思う。たぶんそんなものは、歴史上ほぼ存在しない。こういったことを言うと、アーティストの神性は薄れるかもだけど、実際そう。オリジナリティというのも大事だけど、それ以外の方が大事だ、ということでもあるのかもしれない。

 

後で説明するけど、やはりそうであっても、天才はちゃんと新しいモノを生み出すし、歴史に残ってる作品は、そういう作り方で生み出されてきたはず。閃きもあるけど、ちゃんと過去からの"流れ"も汲んでる、ということ。

これは音楽に限らない、一般論として言える事だと思う。

 

音楽でこのことを説明するのに最適なのが、20世紀のポップミュージックで最も偉大な発明の1つである、ロックンロール。ここではチャック・ベリーを取り上げる。ロックンロールにとって、最も重要な生みの親の一人。

というのも個人的にチャックベリーが亡くなって、改めて聴いたんだけど、その特別感がすごくて、今回の記事にふさわしいレジェンドだと思ったからだ。

 

組み合わせるだけじゃ、動かない

これはあらゆることに言えると思うけど、言うのは簡単だけどやるのは難しい。

簡単に口で説明できるから、勘違いしてしまうことも多い。けど実際にやるにはそんな簡単じゃない。

 

組み合わせる、ということは一見簡単のように思える。でも、組み合わせた集合体を動かすには何かのエネルギーが必要だし、単にツギハギしただけじゃ醜い怪物にしかならない。(小説フランケンシュタインのオリジナリティと言ったら!)

 

チャック・ベリーの音楽は、聴けば分かるようにブルースを基調にカントリーニューオリンズ・ジャズ、などの様々な音楽の影響下にある。それはいろんな音楽を聴けばわかるようになる。単なる聴き手の経験値の問題。

でも!とは言ってもチャック・ベリーの音楽はブルースでもなければ、カントリーとも呼べない、ジャズでもない、そんな奇妙な響きを持っている。特別な存在だ。ルーツ・ミュージックからすれば、むしろ、異形感すら感じるサウンドだ。

まさにロックンロールとしか言い様のない音楽になっている。

 

そして、そんなチャックベリーの音楽に感銘を受けた若者達は、後にビートルズを作り、ある者はボブディランを名のり、ある者達はビーチボーイズを結成した。

彼らは直接的にチャックベリーの曲をカバーしたり、スタイルを真似て曲を作ったりして、そうしてやがて現代的なロックを生み出すに至った。

 

エレクトロ・ミュージック、ヒップホップに対して、クラフトワークの影響を語るのは容易なことだ。でも、クラフトワークには無いモノがそこには確かにあるのだ。 

 

魔法ではないけど、特別な行為

知識が増えれば、分析できるようになり、理解が進む。

でも、そのことで本質を見誤っちゃダメだと思う。

既存のモノから、新しいモノが生まれるなら、ある意味でみんな条件は等しい。でも

やはり、そうであってもそれが出来るのは一部の人だし、その人たちは才能があり、努力してきた人たちなんだと。

誰にでも出来得る、だからこそ"特別なモノ""そうじゃないモノ"が生まれる。魔法のように生まれるわけじゃないけど、やはり、何かは起きているんだ、と。

 

だから、

"もはや既存のモノを組み合わせることでしか新しい音楽は生まれない"と言うことで、あたかもそうやって新しいモノを作ることが簡単であるかのように論じるのはフェアじゃないし、俺はそんな論調にものすごいムカつくのです。

 

 文 : ミウラ義幸