曇り空の朝には。

総合音楽家の日記です。

めちゃイケ終了に想うこと。テレビ番組の寿命論。

めちゃイケが終わるらしい。

 

ここ十年以上、まともにめちゃイケは見てない。

 悲しい、というよりも『もっと早く終わらせたらよかったのに』という想いが強い。好き『だった』番組の1つだからだ。

 


 自分はめちゃモテから見てたし(土曜日は夜更かししてもよかった)、めちゃイケを見なければ、クラスや友達の会話に入れない、そんな時代が確かにあったのだ。(今の若い子は想像できないだろうなーと思うアラサー)

なにより単純に面白かった。片岡飛鳥の発想がすごかった。

 

 昔はよかった、なんて言いたくないけど、90年代のテレビを思い返してみると、無理して続けるという執着はなかったように思う。つまり、番組としての寿命がくれば、人気や視聴率がそれなりに良くても、躊躇なく番組を終わらせていたという印象がある。当然続けられるものは続いて、長寿番組になっているものもある。(ガッテン!)

 

 もちろんコレは自分の個人的な推察であり、番組の去就というのは局内の編成の都合とかもあるだろうから、実際どうだったのかということはわからない。

 

 ただ番組の方向性を大きく変えようが何しようが、無理のある延命処理はしていなかったはずだ。(ただし、末期の生ダラとかおかしな方向にいってたので自分は見なくなった。)別に新しい番組作ればいいじゃん、という自負があったのかもしれない。

 

 今でこそネットがあって、ネット上の時間の流れ、コンテンツの消費スピードは恐ろしいほど速い。テレビもそこまでではないにしろ、やはり消費スピードは速いので次から次に生み出さなければやっていけない世界なのだろう。

 

 しかし、この十年くらいは既存のものにしがみ付いていた感はどうしてもあるし、面白いものもあるにせよ、テレビのエンターテイメントの地位が相対的に下がってしまったのは確か。かと言って、ネットがいいかといったら必ずしもそうではないが。

 

 あって当然なものを終わらせる勇気、誰もやっていないことをやる勇気。この二つが今の時代求められていることではなかろうか?


 

 何にでも寿命があって、それが過ぎたのならば静かに眠らせてあげるのが筋。古いものは終わらせて、また新しいものを作ればいいのだ!

 

文: ミウラ義幸